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ナッジとデジタルの融合がもたらす社会とビジネスの変容

SEデザイン編集部
2022-04-01
2022-04-01
目次

94291736_presentation米国の経済者であるリチャード・セイラーのノーベル経済学賞の受賞によって、一躍脚光を浴びるようになった「ナッジ理論」。本ブログでは、人々の自発的な行動変容を促すナッジ理論が私たちの生活の中でどのように活用され、デジタルとの融合によって、どのような成果が期待されているかについて整理します。

当初の予定から1年延期して2021年に開催された夏季オリンピック 東京大会に続いて、2022年2月に北京で開催された冬季オリンピックにおいても、新型コロナウイルス感染防止のための厳戒体制が敷かれました。選手を含めて世界中から多くの関係者が集まる大規模な国際大会における感染対策では、個人の努力義務にとどまらない、厳格な行動制限が求められることは言うまでもありません。しかし、罰則などを伴う単なる強制力だけで、人々に社会的な要請に基づく行動を促すことは容易ではありません。

この数年、ルールに基づく強制力や金銭的なインセンティブに頼ることなく、人々に自発的な行動や選択を促すための方法論として、大きな注目を集めているのが「ナッジ理論」です。本ブログでは、2017年にノーベル経済学賞を受賞した米国の行動経済学者のリチャード・セイラーによって提唱された「ナッジ理論」が、私たちの生活においてどのような活用され、そこにデジタルテクノロジーが融合することで、どのような成果が期待されるのかについて考えてみたいと思います。

デジタルが後押しするナッジ研究の急速な進化

「ナッジ(nudge)理論」は、行動経済学という比較的新しい研究領域から生まれた成果の1つです。伝統的な経済学は、人間は自らの行動を合理的な判断に基づいて決定するという前提に立っています。つまり、人間がお金や時間をどう使うかは、自らの経済状況や生活のサイクルを踏まえて合理的に判断されるという考え方です。

一方、心理学などをベースに1950年代から研究が進められてきた行動科学においては、人間の行動は必ずしも合理的な判断に基づくものではなく、ときには説明のつかない不合理な選択も行うとされており、伝統的な経済学との間に矛盾がありました。

こうした異なる研究領域の融合によって生まれた行動経済学は、特に2000年以降から急速な発展を遂げつつあり、そこから生まれた「ナッジ理論」は、リチャード・セイラーのノーベル経済学賞の受賞によって一躍脚光を浴びることになりました。

「nudge=肘を軽くつつく、そっと背中を押す」という言葉の意味が示すとおり、人々の行動に何らかの心理的な働きかけを行い、強制力を伴うことなく、ある目的の達成に向けた行動変容を促すナッジ理論は、すでに私たちの生活のさまざまなシーンで応用されるようになっています。

例えば、あるECサイトではじめて買い物をするとき、ユーザーは自らの個人情報を登録する必要がありますが、ここでECサイトの運営側がユーザーに位置情報データの利用に関する同意を求めるとします。

このとき、「位置情報データの利用に同意する場合は、✓(チェックマーク)を入れてください」とするよりも、「位置情報データの利用に同意しない場合は、✓(チェックマーク)を外してください」としたほうが同意の確率は高まるといいます。これは、デフォルト(初期設定)の効果を利用したナッジ理論の応用例です。

このナッジ理論の研究を大きく加速させることになった背景として見逃せないのが、デジタルテクノロジーの進化です。リアルタイムなデータをもとに、一人ひとりの行動の把握や分析を可能にするデジタルによって、コミュニケーションの質はかつてないほど高度化し、個々人のニーズに最適化されたメッセージのパーソナライゼーションも可能になります。

このことは、長年にわたる行動科学の研究成果の裏付けになると同時に、経済学との融合も含めた学際的な研究のさらなる深化と発展をもたらしました。

公共政策や医療の分野でも活用されるナッジ

日本は欧米と比べて、ナッジを活用した行動変容の取り組みが遅れているとも言われますが、すでに私たちの周りではいくつもの施策が実践されています。

その1つが、2020年7月からスタートしたコンビニやスーパーでのレジ袋有料化に先立って、経済産業省が複数の庁舎内のコンビニ店舗で実施した試行実験です。

ここでは「レジ袋を配布する」をデフォルトとし、不要な場合に「辞退カード」を提示してもらうようにした店舗では、以前と比べて辞退率がほとんど変化しなかった一方、「レジ袋を配布しない」をデフォルトとして、必要な場合に「申告カード」を提示してもらうことにした店舗では、辞退率が大幅に上昇したといいます。

この試行実験の結果をみるかぎり、「配布しない」をデフォルトにしたほうが人々により良い行動を促すナッジが効果的に機能し、レジ袋の削減につながっていることがわかります。

同様の取り組みは、医療の分野でもみられるようになっています。東京の八王子市では、日本人で死亡者数が多い大腸がん検診の受診率を向上するために、ナッジを活用した施策で成果を上げています。

同市では毎年春になると、前年度に大腸がん検診を受診した市民全員に対して、検査キットを自動的に送付していました。しかし、検査キットを送付した対象者のうち、実際に受診する人の割合が7割程度にとどまっていたことから、未受診の人を2つのグループに分けて、それぞれ異なる内容のメッセージが書かれた葉書を送付しました。

メッセージAは、大腸がん検診を受診することで来年度も検査キットが自動的に送られるという内容。メッセージBは、今回受診しなければ、来年度は検査キットが送られないという内容です。その結果、メッセージAのグループの受診率は約23%、メッセージBのグループの受診率は約30%となり、はっきりとした違いがみられました。

これは、人間は利益と損失を天秤にかけたときに損失をより重視する、行動科学で「損失回避」と呼ばれる心理から生まれる行動変容だといいます。

期待が高まるマーケティング領域でのナッジ活用

デジタルテクノロジーやデータの活用という観点で、今後ナッジ理論の応用に期待がかけられているのがマーケティングの領域です。ナッジ理論の実践に向けて「EAST」というフレームワークを開発した英国政府の傘下組織であるThe Behavioural Insights Team(BIT)は、ナッジから成果を生み出すための重要な要素として、以下の4つを挙げています。

E:Easy(選択が簡単であること)

人間は難しい選択に悩まされたくない。簡単で楽な行動を選ぶ傾向がある。選択肢をシンプルにすることで、行動に移すハードルを下げることができる。

A:Attractive(魅力的であること)

インセンティブにつながる魅力によって訴求力を高める。ここでは、金銭や報酬といった一過性ではない魅力を伝えることが重要。

S:Social(社会的意義を備えていること)

人間は社会のトレンドから大きな影響を受ける。多くの人から支持される社会的規範としての価値を訴求する。

T:Timely(タイムリーであること)

人間はタイムリーなアプローチやフィードバックに好感を覚える。その人が求める最適なタイミングで価値ある情報を提供する。

すでにご紹介したECサイトにおける位置情報データの利用同意などは、「Easy」にあるようにデフォルトを活用して選択肢をシンプルにすることで、成果を高めているナッジの応用例です。同様に、ECサイトの会員登録においてメルマガ配信の同意をデフォルトにしておけば、より多くの会員にお得なキャンペーン情報などを届けることができます。

また、「Attractive」の観点では、ポイントプログラムを活用したインセンティブの提供や、ポイントの有効期限が近づいたときのリマインドなどによって、会員のロイヤルティ維持に役立てることが可能です。

こうした施策の立案においては、デジタルプラットフォームを介して集約される膨大なデータが大きな役割を果たします。特に進化し続ける人工知能(AI)を使ってこれらのデータを詳細に分析することによって、一見すると不合理、気まぐれに見える消費者の行動に隠された法則やパターンを見いだし、行動変容を促す新たな手法を生み出せる可能性があります

豊かな未来の創造におけるナッジの潜在価値

人間の行動原理の研究に基づいて進化を続けるナッジ理論は、すでにご紹介した公共政策における取り組みにも見られるように、業種・業界といったビジネスの枠を越えた社会全体の行動変容においても大きな可能性を秘めています。

国連が提唱するSDGsの推進においては、すでにナッジを活用したイニシアティブが始動するなど、今後は地球規模での取り組みも活性化するはずです。人々の暮らしを支える豊かな未来の創造において、ナッジへの期待は今後も高まっていくに違いありません。


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