マーケティング支援のAIサービス「Insider グロース・マネジメント・プラットフォーム(Insider GMP)」を提供するスタートアップ企業のInsiderの評価額が12億ドルに達し、同社はユニコーン企業の仲間入りを果たしました。今回は、このInsiderおよびInsider GMPの概要と、その背景にあるAIの仕組みや活用事例について解説します。
Insiderと同社の提供サービスInsider GMPとは?
最初にInsiderと、同社が提供するInsider GMPについて見ていきましょう。
ユニコーン企業入りを果たしたInsider
(画像出典:Forbes JAPAN『トルコ発のマーケティング支援企業「Insider」がユニコーンに』。中央がInsider CEOのハンデ・チリンギル氏)
2012年にトルコのイスタンブールで設立されたスタートアップ企業のInsiderは現在、本社をシンガポールに置いています。世界28カ国に拠点を展開し、2017年には日本にもInsider Japan株式会社を設立しました。
同社が提供するInsider GMPは、ユニクロ、シンガポール航空、ヴァージン、ニューバランス、日産自動車、ファーウェイ、サムスン電子、プーマ、ニューズウィーク、ピザハット、マクドナルド、Avon、CNN、IKEAなど、すでに世界で1,000社を超える企業が導入しています。
同社は3月8日、カタール投資庁が主導したシリーズDラウンドで1億2,100万ドル(約140億円)を調達し、ユニコーン企業(評価額が10億ドル(約1,250億円)以上の、非上場のベンチャー企業)の仲間入りを果たしたことを発表しました。トルコ国内としては6番目、トルコ国内のソフトウェア企業としては初のユニコーン企業の誕生です。
Insider GMPとは?
Insiderが提供するAIサービス「Insider グロース・マネジメント・プラットフォーム(Insider GMP)」は、ウェブサイトを訪問した顧客の行動分析、およびSMSやメッセージングへのメッセージ送信などにより、顧客の一人ひとりに最適化されたマーケティング施策を支援するものです。
サービスの導入は、ウェブサイトにコードを1行追加するだけなので非常に簡単です。Insider GMPで利用できる顧客との接点(チャネル)は、以下の6つがあります。
ウェブサイト
Insiderが提供するツールキットによって、ウェブサイトに最適化されたレイアウト、閲覧商品の比較、スマートバナー、アンケートなどを実装できます。また、ウェブサイト内の行動から、AIが顧客の購入・解約の可能性、購買プロセスにおける位置づけ、顧客生涯価値、興味関心クラスターなどの追跡、分析を行います。この分析結果は、ウェブサイト内でのレコメンドや他のチャネルでのやり取りに利用されます。
アプリ
アプリ内で顧客のニーズや状況に応じたプッシュ送信やレコメンドを実行できます。また、Insiderで作成したテンプレートを利用することができ、柔軟なカスタマイズも可能です。
SMS(ショートメッセージサービス)
SMSによるマーケティングが自動化されます。購入確認、発送状況、セール情報、予約確認など、各顧客の状況に応じて最適化されたメッセージを、最適なタイミングで送信できます。
メッセージング
Facebook MessengerやWhatsApp Businessなどのメッセージングで、1対1のやり取りが可能です。顧客の反応に応じて、次に送信するメッセージの候補を提案します。
Eメール
顧客に最適化されたEメールを送信します。送信は、顧客のオンライン・オフライン行動に合わせた最適な時刻に実行。さらにメールの開封時刻に応じて、レコメンドの内容が自動的に更新されます。
プッシュ通知
ウェブサイト外にいる顧客にプッシュ通知でメッセージを送れます。他のチャネルとの併用により、コンバージョンを3倍に向上することも可能です。
ここでのポイントは、Insiderでは以上のチャネルから得られるデータがすべて統合され、顧客一人ひとりの購買ジャーニーを把握できるようになることです。顧客が好んで使用するチャネルからアプローチし、次に起こることをAIで予測しながら、顧客とのやり取りを柔軟に調整していきます。
背景にあるAIの仕組みは自然言語処理と機械学習
では、Insider GMPはどのようなAIの仕組みで成り立っているのでしょうか?それは、自然言語処理と機械学習です。
自然言語処理
自然言語処理とは、人間の書き言葉や話し言葉(自然言語)を分析するためのAI技術です。コンピュータが使用できる形にまとめた辞書「機械可読辞書」と、用法・用例を記録した「コーパス」を使用し、形態素分析(品詞分解)、構文分析(係り受け解析)、意味解析、文脈解析などのプロセスを経て行われます。
自然言語処理は、機械翻訳や日本語入力のかな文字変換、音声対話システム、チャットシステムなどさまざまな分野で活用されています。
Insider GMPにおいては、SMSやメッセージングなどでの顧客とのやり取りにおいて、顧客が送信したメッセージの内容を分析するために自然言語処理が用いられます。
機械学習
機械学習とは、AIが大量のデータに潜むパターンを特定し、そのパターンにしたがって分類、予測、判断を行う技術です。機械学習の考え方は1950年代から存在しましたが、コンピュータの高速化や記憶容量の大型化、インターネットによるデータ送信の高速化などによって実用化に至りました。
機械学習の学習方法には、以下の3種類があります。
教師あり学習
「正解のデータ」を教えていく学習方法。学習により、新たな未知のデータが入力されると、そのデータの正解確率を予測できます。
教師なし学習
「正解のデータ」を教えずに、AIに自分で正解を判断させる学習方法。画像データから性別や動物の種類をグループ化するなどに用いられます。
強化学習
AIが出力する結果にスコアを付け、スコアを最大化するように学習させます。
機械学習は、Insider GMPのようなマーケティング支援ツールにも多く活用されています。活用例としては、以下のようなものがあります。
顧客の創出
過去の成約情報データを、顧客化した(正解)かどうかと共にAIに学習させます。そしてAIは、広告などでウェブサイトやセミナーへ集客された人のデータから顧客化の確率を予測し、効率的なマーケティング施策の実施が可能になります。
顧客の育成
過去にウェブサイトを訪問した顧客のメール開封率、コンテンツの閲覧状況、属性情報(男女・年齢、地域など)などのデータを、契約が成立した(正解)かどうかと共に学習させます。するとAIは、新たにウェブサイトを訪問してきた顧客のデータから、その顧客の契約確率を予測し、確率が高い顧客にだけマーケティング施策を実施することが可能になります。
解約の予測
過去の顧客データを解約した(正解)かどうかと共に学習させます。するとAIは、新たな顧客データからその顧客の解約確率を予測し、解約を防止するための施策を講じることができるようになります。
Insider GMPの活用事例
Insider GMPは現在、世界の1,000社を超える企業で活用されています。以下では、実際の活用事例としてどのようなものがあるかを見てみましょう。
トヨタトルコ
トヨタトルコでは、ウェブサイトへのアクセスを足がかりとして、ショールームへの集客を行っています。そこでの課題として、ウェブサイト訪問者の多くがモバイルデバイスを使用していることがありました。モバイルデバイスの画面が小さいため、購入を検討している車の検索を行うと、検索結果で表示される車の画像が小さくなり、訪問者にとって魅力的に映らなくなっていたのです。
そこでトヨタトルコは、Insider GMPが提供するモバイルウェブ向けの訪問者セグメンテーション(分類)とレイアウト最適化機能を導入。訪問者の興味や好みに応じてカスタマイズされた検索結果の表示を実現しました。これにより、車の詳細ページへの遷移が54%増加しました。
バーガーキング
バーガーキングは、ウェブサイトからの平均注文額を改善したいと考えていました。そのためには、関連アイテムを販売するクロスセリングが効果的との結論に達しました。
そこで、Insider GMPで提供されるプッシュ通知とバナー管理システムをウェブサイトに導入。すでにカートにアイテムが入っている顧客に対して、ソフトドリンクやフライドポテトなどを勧めたところ、コンバージョン率が2ヶ月で業界平均より25%増となりました。
まとめ
Insiderが提供するマーケティング支援サービスInsider GMP。このサービスでは、ウェブサイトやアプリ、SMS、Eメールなど複数チャネルの顧客データを統合することで、顧客一人ひとりの購買ジャーニーを把握することができます。
背景にあるAIの仕組みは、自然言語処理と機械学習。トヨタ自動車やバーガーキングなど多くの企業で、それまでの課題を解決し、着実に成果を上げています。
最新のAIを活用することで、顧客化率や契約率、解約率など多くの指標を予測でき、それぞれの顧客に対して最適化されたマーケティング施策を実施できます。マーケターにとって、これからはすべての施策においてAIが欠かせない武器になるのではないでしょうか。