デジタルツインとは、収集データをもとに現実世界をデジタル空間上に再現することです。設備保全や現場作業、製品開発の効率化などが図れることから、さまざまな企業で導入されています。
今回は、デジタルツインの概要やメリット、シミュレーションやメタバースとの違い、作り方を紹介します 。
デジタルツインとは?
「デジタルツイン(Digital Twin)」とは、直訳では「デジタル空間上の双子」を意味します 。さまざまなデータを収集することにより、現実の世界をデジタル空間上に、双子のように丸ごと再現することです。
たとえば製造業の生産現場なら、IoT(Internet of Things)機器などにより生産設備の稼働状況などの膨大なデータを集め、デジタル空間上に再現します。それにより、限りなく現実に近いシミュレーションが可能となるのです。
ほかにも、製造ラインの一部変更においてデジタルツイン上で事前のテスト運営を行なえば、開発期間やコストの削減につながります。また、デジタルツインはコンピュータ上のデータであり、ネットを通じて遠隔からも確認できるため、以下のような業務に対応することも可能です。
- 生産設備の遠隔での監視
- 現場作業員への遠隔からの指示出し
デジタルツインの概念は、米イェール大学のデビッド・ゲレルンター氏が1991年に発表した著作『Mirror Works』で初めて提唱されました。
しかし、「現実世界のコピーをデジタル空間に再現して開発やオペレーションを効率化する」というデジタルツインのコンセプト自体は、NASAのアポロ計画で用いられた「ペアリングテクノロジー」が最初といわれています。
1970年4月に打ち上げられたアポロ13号は、打ち上げから2日後に酸素タンクの爆発という大きな危機に瀕します。その際、地球の管制センターにあるアポロ13号のデジタルツインでシミュレーションを行ない、管制センターから搭乗員に指示を出すことによってその危機を乗り切り、無事地球へ帰還できました。
デジタルツインは、2017年に米ガートナー社によって戦略的テクノロジートレンドのトップ10の一つに選出されたことにより、一気に注目を集めるようになりました。
現在では製造業や自動車産業、建設業、小売業などの業界のほか、医療、災害管理、都市計画などのシーンでも多く活用され、2026年までに482億ドル 相当(日本円約5兆5,000億円)の市場規模になると予測されています。
デジタルツインのメリット
デジタルツインを導入することで期待されるメリット について、製造業を例に見てみましょう。
設備保全
従来、生産設備のトラブル発生に際しては、まず製造現場からのレポートや顧客からのフィードバックをもとに原因究明と解決が行なわれました。しかし、生産設備のデジタルツインが構築されれば、トラブル発生をリアルタイムで把握し、原因究明・解決を即座に実行できます。
また、デジタルツイン上のデータをAIで監視させることで、トラブルが起きそうな場合にアラートを出すなどの予防保全も可能となります。
現場作業の効率化
デジタルツインがあれば、現場の作業員は生産設備に関するデータを携帯端末などで確認できます。それにより、経験が少ない作業員でも業務を迅速に行なえます。
また、デジタルツイン上のデータは遠隔でも確認できます。そのため、遠隔地にいる熟練技術者と現場作業員が同じデータを見ながらコミュニケーションを図り、協同して問題解決することも可能です。
製品開発の効率化
製品開発においては、デジタルツイン上で試作や、製造ラインを動かしたときの予測を繰り返し行なえます。デジタルツイン上でのトライアルアンドエラーを通じて、品質向上や開発リスク低減を図れるだけでなく、製造ラインを稼働させる必要がないため、製造時間やコストの削減にも効果的といえるでしょう 。
アフターサービスの充実
出荷した製品にセンサーを装備し、バッテリーの消耗状況や部品の使用状況をデジタルツインで確認できるようにすれば、適切なタイミングでバッテリーや部品の交換を行なうなど、アフターサービスのさらなる充実も見込めます。
シミュレーションやメタバースとの違い
デジタルツインと似た概念として、シミュレーションおよびメタバースがあります。それぞれがどのように違うかを見てみましょう。
デジタルツインとシミュレーションの違い
シミュレーションとは、実際の実験が難しい場合に、モデルとして再現して検証を行なうことです。デジタルツインは現実世界のモデルといえるため、シミュレーションの一種といえます。
デジタルツインとシミュレーションのおもな違いは、以下の3点です。
2. デジタルツインは、現実世界のデータをIoT機器などでリアルタイムに収集し、現実世界の変化に応じて変化します。シミュレーションにはそのようなリアルタイム性は必ずしもありません。
3. シミュレーションでは、いくつかの仮定を置いたうえでモデルを構築します。現実世界そのもののデータをもとにしたデジタルツインに比べると、現実世界とのリンクは弱くなります。
デジタルツインとメタバースの違い
メタバースとは、デジタル空間上に構築された仮想世界です。「デジタル空間上に構築される」という点ではデジタルツインと似ています。
デジタルツインとメタバースのおもな違いは、以下の2点です。
2. メタバースが仮想世界のなかでアバターを使って活動するものであるのに対し、デジタルツインはアバターを必要とするものではありません。
デジタルツインの活用事例
デジタルツインの企業による活用事例を紹介します。
製造業の事例:富士通
一例目として、富士通株式会社 がパートナーとして支援している中国のカラーフィルターメーカー「上海儀電(集団)有限公司(以下、INESA)」での取り組みを紹介します。
INESAでは、工場の建物や設備・機器類の情報をデータ化し、デジタル空間上にデジタルツイン工場として再現しています。製造現場のスタッフは富士通が提供する「COLMINA Service」によりデジタル工場を3Dで俯瞰したり、各機器の電力消費量やコンディションデータなどを遠隔から細かく監視したりすることが可能です。
データのみをグラフ表示する従来の監視方法とデジタルツイン導入後を比較すると、機器に異常が発生した際に機器の位置を直感的に把握できるなど、迅速に対処できるようになりました。
そのほか、専門性の高い熟練工の知識や技能をデジタルツインで記録し、技術の継承などにも役立てています。
都市設計の事例:トヨタ自動車
デジタルツインは都市設計の分野でも幅広く活用されています。
トヨタ自動車株式会社が静岡県裾野市に建設している「Woven City」は、あらゆるモノやサービスがつながる実証都市です。Woven Cityではいきなり都市を建設するのではなく、実際に建設した場合の人や車の流れ、都市機能の動作などを、デジタルツインによるシミュレーションで実証・検証しています。
たとえば、都市の3次元データに道路交通や公共交通、人の流れ、災害情報などのデータを組み合わせて、MaaS(Mobility as a Service:モビリティー・アズ・ア・サービス)といった新たな交通サービスの導入を検証するなど、具体的なスマートシティ構想が進行中です 。
また、Woven City建設後はドローンによる荷物配送やVR(バーチャルリアリティー)、AR(拡張現実)を活用した観光疑似体験などの導入も検討されています。デジタルツイン技術により「都市全体をバーチャル化する」試みが進められているのです。
建設業の事例:鹿島建設
慢性的な人手不足によって生産性向上が急務とされる建設業界では、デジタルツインによる建設現場の自動化・省力化を急いでいます。
鹿島建設株式会社は、デジタルツイン技術を活用した建設現場の遠隔管理システム「3D K-Field」を開発しました。3D K-Fieldは、資機材や作業員の位置・稼働データを建築物の図面データと組み合わせてパソコン画面に表示します。それにより、工事管理者は現地事務所や本店や支店などの遠隔から、現場の隅々の状況をあたかも間近で見ているかのように確認できるのです。
また、3D K-Fieldの活用により、以下のような対応も可能になりました。
- 若手社員の大きな負担となっている現場管理の業務を軽減し、若手社員が計画業務に集中できるようにする
- 資機材の稼働実績の分析により、資機材の運用管理のコスト・手間を軽減する
- 工事車両の効率的な運用管理を行なう
デジタルツインの作り方
デジタルツインの作り方を解説します。デジタルツインを作るためには、最低限以下の3つが必要です。
製造現場の3Dデータ
デジタルツインを作るためには、まず製造現場の建物、設置されている設備・機器などの3Dデータが必要です。建物の3Dデータは、建設時に作成したCADのデータも使用できます。
設備・機器類のセンサーデータ
次に、設備・機器類に設置したIoT機器から得られる、過去から現在までの稼働状況を示すデータが必要です。それと同時に、現場での実際のオペレーションにおいて機器同士がどのように接続されているかを示す図面データや、その他オペレーションで使用されるデータなども必要となってきます。
現場と機器データの紐づけ
最後に、前述の製造現場の3Dデータと設備・機器類のセンサーデータを紐づけるための情報も必要です。
まとめ
現場の建物の図面や設備・機器の稼働データを収集し、デジタル空間上に現実世界を丸ごと再現するデジタルツイン。設備保全や現場作業、製品開発の効率化、アフターサービスの向上など、さまざまなメリットが期待できます。
近年では、製造業や建設業など多様な業界でデジタルツインが活用されています。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の一つのあり方ともいえるデジタルツインは、今後もあらゆるシーンで有効な課題解決手段となっていくでしょう。