生成AIの利活用やAIモデルの開発が進む中、大量の計算リソースを確保するためにデータセンター(以下、DC)の新設が増えています。特に高性能GPUを搭載したサーバーを大量に運用できるAIデータセンター(以下、AI DC)への注目度は高く、AIをビジネスで利用するすべての事業者にとって不可欠な存在となっています。三菱重工業ではAI DCのニーズにも応えるべく、発電システム、配電システム、冷却システム、制御システムなどを組み合わせたワンストップソリューションを提供し、世界の脱炭素化や省エネ化に貢献しています。
今回は成長推進室 データセンター&エネルギーマネジメント部 部長の五味慎一郎氏に、DCへの取り組みや今後の展望について話を伺いました。
AI DCに求められる高い発電能力
さまざまな産業分野で活用されるAIは、大量の計算リソースを必要とします。機械学習の精度を上げるためには膨大なデータを用いてモデルを学習・推論する必要があり、従来型のDCでは対応しきれないほどの計算能力が求められます。これにより、近年は世界中でAIに特化したDCの建設ラッシュが進んでいます。
計算リソースだけでなく、相当量の電力量が求められ、DCに対する発電能力の要求も高くなっています。五味氏は次のように語ります。
「2050年には地球の人口は現在の約80億人から1.2倍の100億人弱に増加するといわれ、エネルギー消費量も比例して増えていきます。電力の消費量は単純に1.2倍ではなく、電化の普及などで1.6倍に膨れ上がるという予測もあります。そのうちの5~10%が世界中のDCにおける消費電力と試算されています。現在2.7万テラワット時(TWh)の世界の年間電力消費量が、2050年までに5万TWhまで増えたと想定し、DCが占める消費電力を10%で計算すると5,000TWhとなり、現在の北米大陸全体で消費する電力量とほぼ同等の発電能力が必要となります。このようにAI DCの実現には、単純に処理能力を拡大させるだけでなく、受電容量を大幅に増加させながら、省エネや低環境負荷の課題に取り組む必要があります」
建設ラッシュが続くDCは棲み分けが進む
近年、日本国内で DCの建設ラッシュが続く背景には、AI活用のニーズの高まりと並行して、世界が日本のDCに注目している点も挙げられます。アジアにおけるビジネスのハブといえばシンガポールでしたが、近年は土地の確保などの問題でDCの新設が難しくなっています。その結果、マレーシアなど周辺国での招致が進むだけでなく、日本のDCに着目する海外企業も多く現れています。 DCの建設はますます拡大する傾向にあり、棲み分けが進んでいくと五味氏は見ています。
「高速なサービスを提供するためにはネットワークの影響を考慮して都心から半径30~40km圏内に作る必要があり、なおかつ電源設備や光ファイバーネットワークなどが不可欠です。都心型DCの場合、少ないスペースでいかに大量の処理ができるかが重要です。また、DCのサイズもAI DCは増大化しています。北米では、これまで1棟あたり30〜80メガワット(MW)で十分だった受電容量を、500MWまで引き上げる必要があるような計画も進められています。
日本においても今後はさらに増大化していくことが想定されます。AIにおける学習用途であれば高速である必要もなく、都心から離れた遠隔地でも構いません。郊外であれば都市と比べて敷地も確保しやすく、安価なコストで運用ができるポテンシャルがあります」(五味氏)
このように棲み分けが進むと思われるDCの活用において、五味氏は「拡張性を重視するべき」と語ります。
「今後もサーバーやチップの性能は右肩上がりに上昇を続け、DCも進化していきます。その際、必要な電源や冷却装置などが現在の数倍必要になったとして、それらを設置する場所がなければ制約が生じます。そうならないために将来の需要を見据えて、拡張性を重視するべきです」(五味氏)
▲成長推進室 データセンター&エネルギーマネジメント部 部長 五味慎一郎氏
供給側と需要側からエネルギー・環境分野の新事業を創出する三菱重工業
三菱重工業では次世代DCソリューションの開発を加速させています。同社は2020年11月、2040年カーボンニュートラルの実現に向けて、グループが総力を結集して取り組むプロジェクト「エナジートランジション」を発表。エネルギー供給側として既存インフラの脱炭素化、水素エコシステムの実現、CO2エコシステムの実現の3つを柱に、革新的なエコシステムの構築を目指しています。同時にエネルギーの需要側として知能化、自動化、脱炭素・省エネ・省人化を実現する「社会インフラのスマート化」を推し進め、供給側と需要側の2つでエネルギー・環境分野の新事業を創出しています。
その中で重要なミッションの1つが「DCの脱炭素・省エネ」であり、各種プラントで培ってきた三菱重工グループの技術を結集して、DC向けの電力機器や冷熱機のインフラ構築に取り組んでいます。
「140年以上にわたり発電プラントや機械インフラなどミッションクリティカルな領域を支えてきた三菱重工グループが、世の中の電化や機械システムの知能化に貢献できる事業を新たに検討しました。その結果、AIを支えるDCの整備が必要不可欠であるという結論に至りました。そこで私たちが得意とする発電、配電、冷却、制御の要素とエンジニアリングに着目し、それらを統合したワンストップソリューションとして提供しています」(五味氏)
2021年に数名でスタートしたDC向けユーティリティ事業組織も、4年間で100名を超える組織に成長しました。2023年には北米の産業用電源システムの保守サービスを手掛けるトップサービスプロバイダーであるコンセントリック社を買収し、同社との連携を通じてDC向けのエンジニアリングやサービス体制の拡充に取り組んできました。さらに2025年5月には、アメリカのDC市場における業界大手企業および先端テクノロジー企業との連携強化を目的に、本事業の新たな戦略・事業拠点をテキサス州ダラスに設立しました。
「ダラスの新拠点は、世界最大のDC市場であるアメリカをはじめとしたグローバル市場に向け、顧客接点を増やし、次世代の製品開発を加速させるものです。ユーティリティのワンストップソリューションを提供する三菱重工グループの強みを活かして、日本のDC事業者にサービスを提供しながら、グローバルでもダラスの拠点から事業を拡大していきます」(五味氏)
DCに必要な要素を最適化したワンストップソリューションを提供
三菱重工業では、DCに必要な要素を顧客企業向けに最適化したワンストップソリューションを提供しています。この中には、発電、配電、冷却の3要素があります。発電の領域では、水素発電技術やCO2回収技術などを通して脱炭素化を推進しています。配電については大容量の電源を効率よく配電するためのシステムや、電気が止まっても送り続けるための非常用電源などの提供を通してミッションクリティカルな業務を支えています。
冷却の領域では、優れた冷却システムを提供。電力消費量を大幅に改善する大容量の「ターボ冷凍機」をはじめ、小型の冷却デバイスを用いてプロセッサーを局所的に冷却する「チップ冷却」など幅広いラインアップを備えています。AI活用の拡大に向けて次世代冷却システムの開発も推進中で、液体を満たした容器にサーバーを浸して冷却する「液浸冷却システム」を開発。試験運用では従来型のDCと比較してサーバー冷却にかかる消費電力の大幅な削減を実現しました。
その他、最適化された運用を実現する統合制御システムとして、発電所における運転の遠隔管理システム「TOMONI(トモニ)」を提供しています。TOMONIは三菱重工開発の自律化・知能化ソリューション「ΣSynX(シグマシンクス)」を核に、エネルギー分野で培った経験やノウハウを加味して開発したAIツールです。外気温、湿度、運転状況などのデータから運転状態を可視化し、予兆検知を行います。設備機器の故障時期をあらかじめ通知することで交換を促し、トラブルを未然に防ぎます。こうしたソリューションの活用により、信頼性の向上につなげるとともに、DCの消費電力量の削減、環境負荷の低減に寄与します。
「三菱重工グループは、電源システム、発電システム、非常用電源システム、冷却システム、統合制御システムなど個別のシステムにおいても高効率化、最適化、省人化、省力化に貢献ができますし、それらを横串で通したワンストップソリューションとして提供することも可能です。横串を通すところでは、発電プラントや化学プラントの建設に携わってきた精鋭部隊がエンジニアリングを担当し、プロジェクトマネジメントを担当してきたメンバーが最適設計を行ったうえで提供します」(五味氏)
AI時代の次世代DCはリアルタイム高速処理を実現する「エッジDC」
AI時代の次世代DCとして、近年注目を集めているのが「エッジDC」です。自動運転や遠隔医療の現場では、高速で処理して制御まで落とし込む必要があります。しかし、DCがデータの発生場所から離れているクラウドの場合、ネットワーク遅延が最大のボトルネックとなります。それに対して、データが発生する場所の近くでリアルタイムに高速・分散処理を行うのが「エッジコンピューティング」で、それを実現するのがエッジDCです。
「次世代のDCは、クラウドとローカルのエッジDCが連動する形になると予想します。中心にクラウドがあり、その周りを大量のエッジDCが取り囲んでネットワークを形成する分散型DCのイメージです。これにより、自動運転の安全性は高まりますし、様々な機械システムが知能化していく可能が拡がります」(五味氏)
三菱重工グループはエッジDC向けのソリューションの開発を進めており、2023年10月にはコンテナ型DCを発表しました。コンテナサイズのDCは可搬性に優れ、設置も簡単です。冷却方式の異なるサーバーの同時搭載も可能で、幅広い用途に対応します。
「現在、実証機を全国のさまざまな場所に設置してデータを取得しながら検証を進めています。ネットワーク型DCやAIの推論用途での利用も検討しています。エッジDCであれば、工場や研究施設などで独立した運用が可能ですので、クラウドにデータを持っていきたくない、ローカル環境でAIのトレーニングを実施したいといった企業の要望にも応えることができます」(五味氏)
ここまで、三菱重工業におけるDCの脱炭素化・省エネ化を紹介してきましたが、同社の取り組みとワンストップソリューションは、AIを活用する企業のDC活用の参考になるはずです。