SaaS型ツールと独自開発アプリを活用して、 “利用者の数”と“課題解決の深さ”の2軸で 取り組む東京ガスの生成AI活用

更新日:2025-08-05 公開日:2025-08-04 by SEデザイン編集部

目次

 

東京ガスの生成AI活用事例

都市ガスや電気の製造・販売を中心としたエネルギーソリューション事業を展開する東京ガス株式会社。中期経営計画で「DX推進基盤の強化」を掲げて生成AI活用に取り組む同社は、2023年7月にSaaSベースの生成AIチャットツールをグループ大で導入しました。

その後、シンプルなチャット機能では対応が難しい業務領域に特化した課題を解決する生成AIアプリ「AIGNIS(アイグニス)」を独自開発しました。ユーザーは順調に拡大しており、生成AIを日常業務で使いこなすワークスタイル変革が本格化しつつあります。

エネルギー業界でいち早く生成AIの全社活用を推進する同社のキーパーソンに、これまでの取り組みの手応えと今後について話を聞きました。

グループ大でのDX推進とDX人材の内製化

グループの経営ビジョン『Compass 2030』で掲げた「CO2ネット・ゼロ」をリード、「価値共創」のエコシステム構築、LNGバリューチェーン変革の3つの挑戦の達成に向けてDXを推進しています。

DX推進部 DX統括グループの町田雄崇氏は次のように話します。

「当社では、『DX人材拡大とX(変革)創出の好循環』を掲げ、育成したDX人材が変革プロジェクトを創出し、そのプロジェクトが実践的な人材育成の場となる好循環の実現を目指しています。DX人材拡大に向けては、DX人材の職種とレベルを定義し、階層別研修等の体系的なDX人材育成やDX人材認定、採用を行っています。X(変革)創出に向けては、各部門に設置されたDX推進組織を中心として自立的にDXを推進するとともに、DX推進部の社内コンサルタント、データサイエンティスト、エンジニアで構成されるCoE組織(Center of Excellence)がグループ横断的にDXを伴走・支援しています。」

生成AI活用の取り組み全体像

原料の調達から営業・マーケティング・カスタマーサービスに至るバリューチェーン全体でAIを活用している東京ガスは、エネルギー業界の中でもいち早く生成AIに着目しました。生成AI活用の全体像について、DX推進部 データ活用統括グループの藤本進一郎氏は次のように説明します。

「生成AIの活用は“利用者の数”と“課題解決の深さ”の2軸で拡大することを基本的な方針としています。全社員が日々当たり前に使えるシンプルチャット機能については、SaaSベースの生成AIチャットツールを全社導入することで、グループ内での利用者を拡大しました。一方、そうした汎用ツールでは解決できない領域に対して、業務上の課題を深く掘り下げ、社内データなどの固有な要素とRAGなどの各種技術を組み合わせることで、ユースケースに合わせたアプリを開発し、より高度な課題解決にも取り組んできました。こうして、日々の業務の生産性と質の向上を図るとともに、様々なユースケースを実現する自社環境のアプリ開発を通じて、新たな価値の実現につなげていきました。

生成AI活用の取り組み全体像

日々の業務の生産性を向上させる生成AIチャットツール

生成AI活用による日常業務の生産性向上を目指し、セキュアに生成AIチャットツールを利用できる環境を整備すべく、2023年7月に SaaSの「exaBase生成AI」をグループ大で導入し、希望者にアカウントを配布しました。また、ガイドラインの整備や勉強会の開催、オンラインコミュニティでの活用事例の共有などの活用推進策を実施し、2025年6月現在の利用者は3,500名にまで拡大しました。

「生成AIという新たな技術を安心して日常的に利用してもらえるよう様々な活用推進策を実施しました。導入当初に立ち上げた生成AIに関する社内オンラインコミュニティでは社員同士での事例共有や、自発的な質問・相談のやり取りが行われており、生成AIに対する関心の高さが伺えました。その後もDX人材育成プログラムでの生成AIコースの新設などを通じて生成AIツールの利用率は向上し、現在、アクティブユーザーは60%を超えています。」(町田氏)

2023年度末よりMicrosoft Copilotのトライアル導入も開始しました。東京ガスではMicrosoft製品を中心に業務を行っており、OutlookやWord、PowerPointなどのOffice系の膨大な業務データとシームレスに連携できる環境を構築することで、更なる生産性向上が期待されます。

同様に簡易なAIアプリ・エージェントの作成が可能なMicrosoft Copilot Studioについても市民開発ツールとして利用を開始しています。

「専門的なプログラミングスキルを必要とせず、ローコードでエージェントの開発が可能であるため、一定のITリテラシーを有する各部門の社員であれば利用できると考えています。とはいえ、部門からは活用のハードルが高いという声も届いていることから、現在は利活用に向けた研修などの準備を進めています。Microsoft Copilot Studioは、全社向けのexaBase生成AIと独自開発アプリの中間的な位置付けとし、シンプルチャットでは解決できないが、簡易にアプリ開発可能な領域で活用することを想定しています」(藤本氏)

また、SaaS型の生成AIツールとして、複雑かつ多段階の調査に対応できる「Deep Research」機能を備えたリサーチツールのトライアルを開始し、現在はChatGPT EnterpriseおよびFelo Enterpriseのセキュアな環境で活用を進めています。

「法務、環境対応、リスク調査などの高い専門性が求められる分野において、より高度な情報収集やレポート作成への活用方法を検討しています」(町田氏)

DX推進部 DX統括グループ 町田雄崇氏

▲DX推進部 DX統括グループ 町田雄崇氏

ユースケースのゴールデンパターンを実現するアプリ、
「 AIGNIS 」を独自開発

もう1つの軸である課題解決を深掘りする独自アプリの開発は2023年上期から着手。CDOを中心にグループ横断で開催しているDX推進会議において、生成AIのユースケース案を募集し、200以上集まったアイデアの中から、インパクト・早期の実現性・横展開の可能性を考慮して、3カ月間で20件を超すPoCを実施しました。

その中から効果が出やすいゴールデンパターンとして、①「回答・ナレッジ活用」、②「評価・分類・データ変換」、③「アウトプット作成プロセス自動化」の3つを抽出。これらを実現するための生成AIアプリとして「AIGNIS(アイグニス)」を独自開発し、2024年10月から本格導入しました。

アプリ開発・横展開による生成AIユースケースの展開

「回答・ナレッジ活用」は、社内情報をソースとして回答するRAGアプリとしての利用がメインです。独自の工夫の一つとして、専門用語辞書を登録できる機能を設けており、専門用語を解釈した上で情報検索することで、より精度の高い情報を提供しています。このユースケースの1つにキャリア計画支援があります。キャリアアドバイザーAIが専門性ガイド情報に関する社内資料を検索・参照しながら回答し、キャリア計画を策定するためのアドバイザー・壁打ち相手の役割を果たしています。

「毎年10月に行われる定例のキャリア面接に合わせて2024年9月にリリースしました。今後は、会社の育成方針や社内事例を踏まえながら、中長期キャリアのアドバイザーとして、どのような業務や部署を経験するべきかレコメンドする機能を拡充し、社員が思い描く将来像に近づけるよう、人事部と一体となって支援していきます。」(藤本氏)

「評価・分類・データ変換」は、非構造データ(テキスト)を、分類や要約、タグ付け、優先順位付けや条件に合致したコメントの抽出、示唆の洗い出しなど、処理・分析ができる形式で出力させることができます。ユースケースとしてはお客さまの声・アンケート分析があり、VoC分析AIとして活用しています。

「問い合わせやアンケートを通じて得られた自由記述のテキスト情報から、問い合わせ内容をトピックごとに分類することや、お客さまの声がネガティブなものかポジティブなものか判別することができます。その結果、各部門に内在するテキストデータに関する利活用業務の効率化が図れるとともに、未利用だったデータの活用を拡大し、PDCAサイクルの短縮を図ることで、顧客体験の向上を目指しています」(藤本氏)

「アウトプット作成プロセス自動化」のユースケースとしては、One to Oneマーケティングの自動実行があります。NTTデータ様と共同開発したマーケターAIは、顧客情報に基づく統計的なサマリーの作成から、ペルソナやカスタマージャーニーの設定、施策の立案に至る一連のプロセスを対話的にサポートするアプリです。

「マーケターAIは現在、一般家庭向け商材のマーケティングだけでなく、プロンプトの工夫により、社内に施策を浸透させる社内マーケティングでの利用も検討しています」(藤本氏)

SaaS型ツールと独自開発アプリのメリットを活かした生成AI活用

利用者の数”と“課題解決の深さ”の2軸で生成AI活用を推進する東京ガスでは、SaaS型ツールと独自開発アプリをそれぞれの特性に応じて使い分けています。

「SaaS型ツールは、開発不要で導入から効果を生み出すまでの期間を短縮できることが最大のメリットであることに加え、新機能が定期的に追加されていく点や運用保守の負担も発生しない点が優れており、汎用的な用途ではSaaS型ツールを積極的に採用しています。一方で独自開発アプリは、SaaS型ツールでは対応できない業界・当社固有のノウハウを要する機密性の高さや細かなカスタマイズが求められる領域に絞って、自社で設計・開発を検討します。 このような業界・当社固有の領域に関するツールは、将来的なビジネスモデルの変革や、ソリューションの外販につながる可能性があると考えています。」(藤本氏)

DX推進部 データ活用統括グループ 藤本進一郎氏

▲DX推進部 データ活用統括グループ 藤本進一郎氏

生成AIの活用においては、明確なルール作りやガイドラインの策定も重要です。DX推進部では丁寧にガイドラインを整備し、利用者である社員に対して使い方や注意点などをわかりやすくまとめて発信しています。

安心して利用できる環境を整えることが、生成AIツールの活用を加速させ、生産性の向上や新たな価値の創出につながると考えました。生成AIチャットツールを全社導入した2023年7月当時は、国としても生成AIの利用に関する法の解釈が明確に定まっておらず、企業が独自に決定しなければならないことが多くありました。試行錯誤の中、DX推進部は生成AI活用にブレーキをかけるのではなく、加速するためのガードレールとなるようなガイドラインの策定を目指し、法務部門や情報セキュリティ部門と何度も議論を重ねてきました。個人情報や一定レベルの機密情報、著作物は扱わないことなどを法律やセキュリティの背景を交えて説明し、誤って入力した際のエスカレーション方法も示すことで理解を得ました」(町田氏)

生成AI活用の全体最適と社員のリテラシー向上

東京ガスロゴ

生成AIの全社活用がスタートしてから早くも3年目に入った現在、新たな課題も生まれています。その1つが個別最適による重複投資を防ぎ、いかにして生成AI活用の全体最適を維持していくかという課題です。

「今後、SaaS型の生成AIツールはさらに多様化し、各部門においても様々なSaaSの導入ニーズが発生すると考えています。加えて、独自開発することによって企業価値向上につながるような領域においては、開発ニーズも増加していくことが予想されます。その結果、気が付けば機能が類似した異なるツールの導入や、重複した開発が複数の部門で個別に行われるといった事態も考えられます。そのため、DX推進部では各部門における生成AIの導入・開発状況を把握しながら、推奨ツールの発信や、開発に係る提案などを通じてガバナンスの強化を図っています。これにより、重複した投資・開発を防ぎ、AI活用の効果が高い業務領域を迅速に見極めて実行に移していくことを目指しています。」(町田氏)

もう1つの課題は、社員のリテラシー向上です。生成AI活用の浸透によって、各部門や社員からは新たなアプリ開発のリクエストや業務課題解決のための問い合わせが多く寄せられるようになっています。結果としてDX推進部だけでは対応できない状況も生まれていることから、個人レベルからチームレベルの業務課題については現場主体の市民開発を推進し、DX推進部は事業全体の業務プロセス可視化により注力すべき部門横断の課題などにリソースを集中していく方針です。

「Microsoft Copilot Studioなどの市民開発ツールの整備に加え、生成AI特化型の新たな研修により社員のリテラシー向上を図っています。今後は簡易的なアプリは各部門で開発してもらうことで、限られたリソースで生成AIを最大限活用できる体制を整えていきます」(藤本氏)

「当社が注力しているDX人材育成プログラムに、2024年度から生成AIのコースを新設しました。2025年度からはそれらを強化・拡大しています。業務プロセスを見直して課題を抽出し、生成AIを活用してその課題を解決する実践的な研修を通じ、実際の業務で活かせる生成AI活用スキルの習得を図っています。」(町田氏)

人々の生活に欠かせない社会インフラを支える東京ガスが、生成AI活用を通じて取り組む業務変革と新たな価値創出は、エネルギー企業にとどまらずすべての業界の企業にとって貴重な先行モデルとなることを期待しています。

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