デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性については、民間企業はもちろん自治体についても強く提唱されています。自治体はDXを実現することで、具体的にどのような成果を得ることができるのでしょうか。
この記事では、自治体DXの概要や、自治体にDXが求められる理由、そしてすでにDXを実践に移している事例を紹介しながら、DX実現に向けて必要な取り組みについて解説します。
自治体DXとは
自治体DXは、自治体が抱える課題を解決するためのDX施策を指す言葉です。総務省の発表によると、政府において「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」が決定され、民間だけでなく各自治体も主体的なDXを推進することで、デジタル社会の実現を達成することが求められています。
そもそもDXの目的は、デジタル技術を企業活動や生活に導入することで、より幸福で便利な人生を歩めるようにすることです。自治体のDXは、国民のより良い生活のために行われる点が特徴です。
自治体DXが求められる理由
自治体DXが求められている理由には、以下の3つの背景があります。
少子高齢化の加速
最も大きな理由は、少子高齢化が全国で進んでいることです。高齢化が進み、人 材の獲得が困難になると、既存の業務プロセスでは将来的に公共サービスを維持できなくなってしまいます。
DXによって業務をデジタル化し自動化や効率化を促すことで、人材不足に悩むことなく現状と同じかそれ以上のパフォーマンスで日々の業務を継続することができます。
DXの遅れによる危機感
DXの遅れに対する危機感がようやく広がっていることも、背景に挙げられるでしょう。経済産業省が2018年に発表したDXレポートでは、当時のままDXが進まない状態が続いた場合、2025年にはDXの遅れによる経済的損失が年間で12兆円に達するという試算が発表されました。
これは「2025年の崖」と名付けられており、DXが進まないことで国家レベルでの損失を招くことが広く認知されました。
新型コロナウイルスの感染拡大
新型コロナウイルスの感染拡大により、行政に衛生面と業務効率を両立するにはシステムの刷新が不可欠であることが如実に証明されました。
公衆衛生に細心の注意を払うべき行政サービスが、従来のような対面型の業務では感染症を拡大させるリスクが大きく、国民の健康を守り切ることができません。
リモートでの業務遂行や、無人サービスの充実によって感染リスクを回避することの重要性に注目が集まっています。
政府が掲げる自治体DX推進計画
自治体の本格的なDXに向け、総務省は2020年に「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」を策定しています。同計画では以下の施策を「重点取組事項」として指定し、DX推進に臨んでいます。
自治体の情報システム標準化・共通化
まず自治体が取り組むべきとされているのは、情報システムの標準化です。現在、各自治体では導入しているシステムにばらつきがあり、自治体間での運用はおろか、同一自治体内でも連携が行えず、不便な行政サービスの原因となっているケースがあります。
システムの共通化が進めば、あらゆるサービスを連携して運用でき、業務の効率化や自動化を大きく推進します。
マイナンバーカードの普及促進
マイナンバーカードは、住民の個人情報管理を一元化するうえでは非常に重要な役割を果たします。保険や納税、行政サービスを受ける際の手続きをマイナンバーで実施できれば、役所に行かずとも書類を発行できるなどサービス改善や自動化が進むでしょう。
自治体の行政手続のオンライン化
過疎化が進むと、各地域への平等な行政サービスの提供がますます難しくなります。オンライン経由で行政手続きができれば、住民の負担を最小限に抑えられるでしょう。
自治体のAI・RPAの利用促進
人工知能(AI)や自動化システム(RPA)の導入も、自治体DXには欠かせない取り組みです。人材不足を補うには、日々の定型業務を自動化することが重要です。AIやRPAといった最新のテクノロジーを活用し、現場の負担を減らす仕組みづくりが必要です。
テレワークの推進
地方公務員や関係者が自宅などから業務を遂行できるテレワーク環境の整備も必要です。テレワークが進めば、過疎化が進む地域においてもオンラインでサービスを提供できるだけでなく、公務員の負担軽減につながるため、生産性の向上が期待できます。
セキュリティ対策の徹底
近年懸念が高まっているのが行政のセキュリティ対策です。公共機関を狙ったサイバー攻撃は世界的に増加しており、日本も例外ではありません。
DXによってデジタル化が進むほど脅威は高まるため、システムの改善と同時並行で進めるべき取り組みです。
自治体DXの実現に向けて必要な取り組み
自治体がDXを実現するうえでは、上記のようにさまざまな達成目標が掲げられていますが、一朝一夕で実現できるものではありません。自治体DX実現に向けてどのような取り組みが必要なのか、ここで確認しておきましょう。
組織体制の整備
自治体DXを進めるためには組織体制の整備が欠かせません。特定の自治体や省庁に限らず、あらゆる組織・部門が横断的にDXを進められるような仕組みを整え、速やかに遂行する必要があります。
DXはある程度強制力を持って進めなければ、各部門での許可が下りなかったり、すり合わせなどの調整作業に多くの時間を費やしたりすることになってしまいます。
デジタル人材の確保・育成
DXの確実な推進には、デジタル人材の確保や育成も必要です。ITに関して知見があり、システムを扱うノウハウもある人材は需要が高く、確保が難しくなってきています。
国が提供する外部人材確保に向けた支援サービスを活用し、積極的に採用する姿勢が必要です。また、外部からの人材確保にも限界はあるため、各自治体で独自に人材を育成し、DX施策を支えられるリソースを内部で確保する努力も求められます。
計画的な実施
DXは場当たり的に取り組むものではなく、長期的なゴールを踏まえたうえで段階的に施策を実行しなければなりません。
そのため、あらかじめ大きな計画を策定するところからDX施策をスタートし、当初の計画にのっとり施策を一つずつ進めていく慎重さも求められます。
総務省が2021年に公開した「自治体DX全体手順書」では以下の4ステップに分けてDX推進の手順を紹介しています。
- 1. DXの認識共有・機運醸成
- 2. 全体方針の決定
- 3. 推進体制の整備
- 4. DXの取組みの実行
先行事例やこのような手順を参考にしながら、取り組むとよいでしょう。
自治体DX実現の課題
自治体DXがもたらすメリットは大きい一方、その実現にはいくつかの課題も立ちはだかります。具体的にどのような課題が残るのか、確認しておきましょう。
DX人材の不足
最も大きい課題としては、DX人材の不足です。DXを担える人材は都会で不足しているのはもちろん、人材流出の著しい地方ではより事態は深刻なため、何らかのテコ入れの工夫が欠かせません。
外部からの獲得はもちろん、自治体内で育成する環境整備が必要です。
デジタル活用の文化がない
各自治体は、民間企業のように収益性に配慮する必要がない分、ハンコや紙の書類を使った業務が根強く残っています。
デジタル活用の文化がなく、何から手をつければいいのか、そもそもなぜDXをする必要があるのかの認識共有も不十分なケースもあり、根本的な文化の醸成が必要です。
市民と行政のコミュニケーションが取れていない
市民と行政で、デジタル活用に関するコミュニケーションが取れていないことも問題視されています。たとえば、マイナンバーカードはいまだに有効活用が進んでいません。
デジタル化を進めても、市民に対して行政が十分に使い方や取得方法を周知していなければ、市民はデジタルの恩恵を受けることができません。
同時に行政サービスがデジタル化を進めても、市民が相変わらずアナログ方式での手続きを求めてしまうと、デジタルの強みを活かせない状況に陥ります。
自治体DXの実践事例
自治体DXはまだ全国的に進んでいるわけではありませんが、地域によっては先進的な取り組みにチャレンジしている自治体もあります。ここではすでに自治体DXを進めている実践事例について紹介します。
「デジタル社会推進局」を立ち上げ成果を出す三重県
三重県ではデジタル社会の実現に向けた取り組みの一環として、2021年4月から社会におけるDXと行政DXとの両面を部局横断的に実行する「デジタル社会推進局」を立ち上げました。
全国初の民間公募による常勤の最高デジタル責任者が運営する同局では、全国初のDXのワンストップ相談窓口である「みえDXセンター」の開設や、2050年に向けたデジタル社会の未来の姿についてまとめた「三重県 デジタル社会の未来像」を発表し、デジタル関連の計画や機運醸成に貢献しています。
スマートシティ推進室を立ち上げた福島県会津若松市
福島県会津若松市では、「LINE」を使ったAI自動応答サービスを2018年に導入して以来、積極的な行政のデジタル化を進めてきました。問い合わせ窓口はLINE経由で、24時間自動応答を受けることができ、サービスを広く提供することに成功しています。
会津若松市が市の最上位計画として位置付けている「会津若松市第7次総合計画」では、街全体をデジタル化するスマートシティ計画が重視されています。2021年4月には独自の「スマートシティ推進室」を立ち上げ、行政が一丸となってDXに取り組める土壌づくりを進めています。
独自のDX計画を意欲的に推進する宮城県仙台市
宮城県仙台市では、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、独自のDX推進計画を立ち上げました。
この計画は、地域や交通、医療といった11の視点から立脚する「まちのデジタル化」と、手続きのデジタル化、市役所のデジタル化、データ活用環境の整備という3つの視点に基づく「行政のデジタル化」という2つの柱を軸にしているのが特徴です。
現在はスケジュールの策定と計画実現に向けた指標を定め、実行に向けた準備を整えています。
対処すべき課題を洗い出してDXに取り組もう
この記事では、自治体が取り組むべきDX課題や、どのようなアプローチでDXを推進すべきかという点について、実際の行政の取り組みや総務省の手順をもとにご紹介しました。
DXと一言で言っても、そのプロジェクトの中で検討すべき点や、具体的なアクションの方法は非常に多様です。自治体ごとに対処すべき課題は異なるため、まずは課題を洗い出した上でDXの検討を進めるべきでしょう。場当たり的なデジタル化は、かえってDXの推進を妨げる場合もあります。
行政に限らず、民間企業においてもDXは計画的に取り組む必要があるため、自治体DXの推進事例を参考にしながら、企業のDXを進めていくのも良いでしょう。