曖昧さにこそ本質がある──デザイン/クリエイティブ、マーケティング、ブランディングの境界線|三宅美奈子氏×SEデザイン 篠崎社長 対談 #1
更新日:2025-11-04 公開日:2025-11-04 by SEデザイン編集部
「デザイン/クリエイティブ」「マーケティング」「ブランディング」。これらは企業活動の中で頻繁に語られますが、その境界はどこにあるのでしょうか。
デザイナー・アートディレクター・クリエイティブディレクターとして事業会社、国内外の広告代理店・グループ会社、IT・マーケティング事業会社での実績を重ね、現在は独立し、クリエイティブディレクター・アートディレクターとして活動する三宅美奈子氏。そして40年にわたりIT・マーケティング分野でグローバル企業を支えてきたSEデザイン代表取締役の篠崎晃一。ともに武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科の出身です  。二人の視点が交わることで、この問いに対する本質が見えてきます。
本対談は、全3回に分けてお届けします。
第1回となる今回のテーマは、「デザイン/クリエイティブ、マーケティング、ブランディングの定義と境界の曖昧さ」。お二人の経験や具体的な事例を交えながら、境界線の見えにくい3つの領域を掘り下げ、「曖昧さの中に潜む本質」を探っていきます。
お二人と一緒に、考え方を深めてみてください。  
曖昧さが可能性を広げる、デザインの2つの意味
――お二人にまず伺いたいのですが、「デザイン」という言葉は人によってイメージが違いますよね。お二人はどのように捉えていますか?
篠崎:
デザインは大きく「広義」と「狭義」の2つの意味で捉えられます。広義の意味としては「頭の中のアイデアを形にすること」全般を指していて、設計や企画のような抽象的な行為も含まれます。一方で、狭義の意味としては「目に見える形を整えること」、たとえばロゴやポスター、ファッションのデザインなどをイメージする人が多いですね。
――狭義の「デザイン」のほうが、一般的に広まっている感じがしますね。
篠崎:
そうなんです。広義のデザインは本来とても広い意味を持っているのに、日本では「デザイン」という言葉が海外から入ってきたとき、目に見えていて分かりやすい部分、つまりファッションや工業製品などに限定されて捉えられてしまった。だから「デザイン=見た目を整えること」というイメージが強く根付いてしまったんです。
三宅美奈子氏(以下、三宅氏):
個人的にファッション業界の動向に大学時代からずっと関心を持っているんですが、ファッションデザイナーは、単に1つの服のデザインだけを作っているのではなく、ブランド全体のイメージをクリエイトしています。本質は、グラフィックやその他のデザイナーも同じはずだと思います。クリエイティブという領域になってくるかなと思います。
デザイナー職の場合、広告の場合は、アートディレクター、クリエイティブディレクターがデザイナーから成長した形でのブランディングの全体の監修を行います。デザイナー→アートディレクター→クリエイティブディレクターという役職になってゆきます。根っこの部分はデザインです。
本来のデザインはもっと幅広く、プロジェクトが大きくなると、デザイナーが成長すると広告の場合はアートディレクター、クリエイティブディレクターとなって、 全体の戦略策定やプロデュースの部分まで関わっていきます。クリエイティブという領域です。だからこそどこまでをデザインと呼ぶかが曖昧なんですよね。
――つまり、広義ではとても大きな概念なのに、日本で狭義の意味で定着してしまった。そのギャップが「デザインの曖昧さ」を生んでいる、と。
篠崎:
そうです。でも私はその曖昧さこそ強みだと思っています。というのも、デザインを「形にすること」と広く捉えれば、商品企画や広告の打ち出し方、ブランドの伝え方なども全部デザインの一部になるんです。つまり、見た目だけじゃなくて「どう売るか」「どう伝えるか」という工夫まで含められるからこそ、可能性が広がるんです。
三宅氏:
曖昧さがあるからこそ、アートやビジネス、マーケティングなどと交わる余地がある。デザインの曖昧さは、制約ではなく可能性なんですよね。仕事の現場でも「これはアートか、デザインか?」と線引きできない場面がありますが、むしろその揺らぎの中から新しいアイデアが生まれることもあります。
マーケティングは「売るための活動」――デザインとの共鳴
――デザインを語る上で「マーケティング」というキーワードが出てきましたが、お二人はマーケティングをどのような活動と捉えていますか?
三宅氏:
以前勤めていたIT×マーケティングの会社では、よく「マーケティングとデザインは逆方向のものだ」と言われていました。でも私はそうは思いません。商業デザインも、マーケティングも「売るためにどう形にするか」という活動だからです。
マーケティングに関して、大学院に行ったり、学んだりしようとしても「こういうことです」とはっきり言える一言が見つからなかった、そんなときに読んだ本に、「マーケティングとはすべて“売るための活動”である」と書かれていて、とても腑に落ちました。すごくシンプルですが、本質を突いていると思うんです。どんなにきれいなデザインを作っても、売るための仕組みにつながっていなければ商業デザインとしては意味がない。だから商業デザインとマーケティングは別物ではなく、同じ方向を向いていると思います。
「デザインもマーケティングも“なまもの”である」と考えています。その時代のトレンドや空気感に左右され、常に変化し続ける。だから新鮮な状態で、常にクリエイトして世に送り出す必要があるんですよね。
篠崎:
たしかにそうですね。広い意味で捉えれば、マーケティングの行為そのものも「デザイン」の一部だと考えられます。売りたいというモヤモヤした思いをどう形にして実現するか、その過程には必ずデザイン的な発想が入るわけです。
そして、このマーケティングとデザインが組み合わさったときに生まれるのが「ブランディング」だと思うんです。施策やプロモーションなども含めて全体を設計し、どう価値を積み上げていくか。つまり、広義のデザインとマーケティングは大きく重なり合っていて、非常に近い関係にあると考えています。合わさるとブランディングになる。
三宅氏:
私もそう思います。デザインとマーケティングが合わさったとき、ブランディングを通じてブランドという大きな価値につながる。結局、どちらも「売るためにどう形にするか」という活動なんですよね。ブランディングは時間をかけて心の中にブランド体験という「宝物」  を蓄積していく活動なのでマーケティング活動単体とは相反するとも考えられます。マーケティングは、デザイン・クリエイティブと合わさって、ブランディングに価値転化できると思います。
デザインとマーケティングの融合がブランドを育てる
――デザインとマーケティングが組み合わさって「ブランディング」が生まれるとのお話がありました。では、「ブランディング」とはどのようなものなのでしょうか?
篠崎:
単にロゴを作るとか広告を作るということではなく、まずはブランド全体のコンセプトをしっかり作り、ブランド活動の全体を設計し、ロゴやパッケージはじめ、広告施策やプロモーションも含めてどのようにブランドの価値を積み上げていくか。その繰り返しがブランディングなんです。
三宅氏:
ブランディングは「良い思い出を消費者の心に貯めていくことの繰り返し」だと考えています。ブランドは一朝一夕にして出来上がるものではなく、良い体験を少しずつ積み上げていくことによって育っていくんですよね。
篠崎:
ブランディングの難しさは、目に見える要素と目に見えない要素が混じり合っているところにあります。パッケージや広告のように目に見えるものもあれば、企業や社員がどういう姿勢で顧客と向き合っているか、といった目に見えない部分もある。両方をどう積み上げていくかがブランドを決めるんですよね。
――ブランディングにも、はっきり線を引けない曖昧さがあるのですね。お話を聞いていると、デザイン/クリエイティブ、マーケティング、ブランディングの境界線もよく分からなくなってきました……。
三宅氏:
私は、明確な境界線はないと思っています。デザイン/クリエイティブであり、同時にマーケティングであり、その積み重ねがブランディングになる。だからこそ「曖昧さ」が大事なのではないかなと。境界を引くのではなく、曖昧さの中でどう組み合わせていくかが重要だと考えています。むしろ、その曖昧さの中にこそ、新しい発想の芽や本質が隠れているのではないでしょうか。
経営を支えるデザインの視点
――お二人は武蔵野美術大学基礎デザイン学科でデザインを学ばれたという共通点があります。経営者になられた今、その経験はどのように役立っていると感じますか?
篠崎:
狭義のデザインと広義のデザインにも通じるのですが、経営においても同じことが言えると思います。デザインを学んだことで、物事を「広く見る」と同時に「細かく見る」両方の視点を自然に行き来できるようになったと思います。経営も同じで、全体の方向性を示す一方で、細部の設計や仕組みを詰める必要がある。その行き来ができるのは、デザインを単に表現手段としてだけでなく、基礎から学んできた影響も大きいですね。
三宅氏:
独立後、大手企業様から直接お仕事をいただけているのも、デザイン的な発想を会話や提案の中に込められるからだと思います。たとえば「こんな考え方や、表現にしたらどうですか?」と視点やアイデアを対話の中でもご提案できるのは、クリエイティブの視点を培ってこられたからだと思います。
経営者として利益や効率を考えるのは当然ですが、それだけでは人も仕事も動かない。相手に「発想にオリジナリティがある」と思ってもらえるアイデアを出せることが、ビジネスを進める上で大きな武器になると思います。
そのために、たとえば、パスタの広告を作る前に、美味しいパスタを食べておく経験をしておくことが大切だと思います。
篠崎:
デザインの知識や経験があると、社員に対しても「まず自分で体験してみなさい」と言えるんですよ。デザインもマーケティングも、全部やってみないと本質は分からない。だから経営の場でも「体験を重ねながら考える」という姿勢が活きていると思います。
――経営の現場でも、デザインの経験が「物事を多角的に見る力」や「相手を惹きつける工夫」につながっているんですね。
まとめ
今回の対談では、「デザイン/クリエイティブ、マーケティング、ブランディングの定義と境界の曖昧さ」をテーマにお話を伺いました。
- デザインには「狭義」と「広義」の意味があり、日本では分かりやすい狭義の意味に偏って理解されがちであること
 - しかしその曖昧さこそが、マーケティングや経営とつながる可能性を広げる強みになること
 - マーケティングは「売るための活動」であり、商業デザインもそれを実現させるために同じ方向を向いていること
 - そして両者が重なり合うことで「ブランディング」が生まれること
 
お二人の言葉からは、デザイン/クリエイティブ、マーケティング、ブランディングに明確な境界線はなく、むしろ曖昧さの中にこそ本質が潜んでいるという示唆がありました。
次回のテーマは「アートとテクネ」。芸術と技術はもともと同じ概念だったそうです。これらの関係をたどりながら、デザインの進化とAI時代の新しい可能性について考えていきます。