「もったいなくてやめ時がわからない」、「せっかくだからお得そうなプランを選ぼう」という意思決定には、サンクコスト効果と呼ばれる力が働いている可能性があります。自身の意思決定に偏った影響をもたらすケースがある一方、その存在を理解し、ビジネスに落とし込むことで、高い効果を生むマーケティング施策に応用することもできます。
今回は、そんなサンクコストについて基本的な解説を交えながら、マーケティングへの応用例や、サンクコストに惑わされず合理的な判断を導くための方法について紹介します。
サンクコストとは
サンクコスト(sunk cost)は日本語で埋没費用とも呼ばれ、すでに支払ってしまったお金や、費やしてしまった労力、あるいは時間を指す言葉です。
なんらかの見返りや結果を見越してリソースを投じても、必ずしも期待していた通りにリターンが得られるとは限りません。過去に投じた資金や時間を回収することはできないため、沈んだコストという意味で、埋没費用と呼ばれています。
過去に発生したコストであるため、サンクコストが直接現在や未来に影響を与えることはありません。しかし、自身のリアルタイムの意思決定に大きな影響を与えることがあるため、決して侮ることのできない概念です。
サンクコスト効果が与える影響
過去に投じたコストが意思決定に影響を与えることを、「サンクコスト効果」と呼びます。サンクコスト効果が当事者に与える影響は大きく、さまざまなシーンでサンクコストが意思決定に深く関与していることがわかっています。一般的なサンクコスト効果の影響について、確認しておきましょう。
不利益な選択を選んでしまう(損切りができない)
サンクコスト効果のポピュラーな影響として、不利益な選択肢を選んでしまうというものがあります。
「せっかくお金を払ったから、不味くても全部食べよう」「せっかく時間をかけて取り組んだのだから、最後までやりきろう」など、一見すると前向きな判断であっても、それは「せっかくの労力を無駄にしたくない」という気持ちが先走ってしまい、かえってより大きな不利益をもたらしてしまう選択である場合があります。
日々の生活はもちろん、このような不利益な選択肢を選んでしまう現象は、ビジネスの世界でも珍しくありません。損切りができずに被害を大きくしてしまい、事態の収拾がつかなくなってしまうケースはその道の専門家であっても陥りかねない過ちです。
意思決定が遅れる
サンクコスト効果はただ不利益な選択を当事者に選ばせるだけでなく、意思決定そのものを遅らせてしまう影響もあります。
「あれだけの労力を投じたのだから」という過去のコストが脳裏をよぎり、賢明な判断をすぐに下せないというものです。損切りをするべきタイミングで、目の前の短期的な損失に目がいってしまい、ずるずると損失を拡大してしまうというケースも代表的なサンクコスト効果といえます。
「時は金なり」という言葉にもあるように、意思決定が遅れることは時として大きな損失をもたらします。FXや株式投資の取引はわかりやすい例ですが、売り時や買い時を逃すと、結果的に判断を迷ってしまったことで大きな損失が発生するケースは珍しくありません。
身近なサンクコスト効果の例
身近なサンクコスト効果の例について、もう少し例を見てみましょう。消費者としての意思決定はもちろん、経営者としての意思決定も惑わせ、正しい判断が難しくなるケースはいたるところにあふれています。
断捨離
最近はミニマリズムの流行によって、家の中のいらないものはどんどん捨ててしまおうという考え方も浸透してきましたが、なかなかモノを捨てられないという心理も、サンクコスト効果の一種です。
せっかく買ったブランド物の服を手放せない、使っていない食器がたくさん棚に並んでいて処分に困っているといった状態は、「高かったから手放すのが惜しい」「新品同様だから捨てるのがもったいない」というサンクコストが脳裏をよぎり、手放せなくなっているといえます。
映画鑑賞
短編映画の鑑賞ならまだしも、大して面白くもない長編映画に当たってしまった時なども、サンクコスト効果が強く働きます。
「せっかくチケット代を出したから最後まで見よう」「これから面白くなるかもしれない」といった判断で2時間を費やしてしまうのは、「チケット代」というサンクコストが背景にある思考です。
不採算事業の処遇
ビジネスの現場においても、サンクコスト効果は当たり前のように意思決定へ影響を与えます。採算が合わない事業をすぐに切り離せないのは、「せっかく投資して育てたプロジェクトだから手放したくない」「もしかしたらもうすぐ黒字に転換するかも」という考えがよぎるためです。
不採算事業であるにもかかわらず、「損が出ているから手放そう」という決定を渋ってしまう場合、いずれの場合も自分の中にサンクコストが影響を与えていることを覚えておきましょう。
サンクコストのマーケティングへの応用例
このように、サンクコストは当事者にとって不利益な意思決定をもたらすこともある一方、サンクコスト効果がマーケティングに活用されていることもあります。
ここで、サンクコストのマーケティングへの応用例について、代表的なものを確認しておきましょう。
年間サブスクリプション
年間サブスクリプションの課金形態は、いずれのサービスにおいてもサンクコスト効果が強く働きやすい施策といえます。
年契約であれば、月当たりの費用は割安になるというキャンペーンを行って加入のハードルを下げ、契約途中でユーザーがサービスを利用しなくなった場合も、「せっかく1年契約したから利用し続けよう」という心理を刺激し、解約率の低下を促せます。
各種ソフトウェアやアプリケーションのマーケティング手段として、広く採用されている手法です。
無料トライアル
「初月無料」や「契約から3ヶ月間は特別価格」といったプランもまた、サンクコスト効果を活用したリピーター確保の手段のひとつといえます。無料体験で得た利益をユーザーに覚えてもらうことで、「このメリットを失いたくない」という印象を与え、正規契約へと導く手法です。
健康食品やコスメ、ストリーミングサービスの契約を促す手法として知られています。
付録付き月刊誌
定期購読者の確保に力を入れる月刊誌では、毎号に付録をつけることによって、購読者離れを回避しています。
雑誌を買ったらもらえるエコバッグや、毎号ついてくる付録を2年分組み立てることで完成するモデルキットは、「せっかくだから完成まで購入しよう」という心理を刺激し、継続的な定期購読を促します。
サンクコストにとらわれないためのポイント
サンクコストはマーケティングに活用すると強い味方となり得ますが、迅速な意思決定が求められる重要な局面において、当事者に悪影響をもたらす可能性もあります。正しい状況判断を下せるようになるためにも、以下の3つのポイントを常に念頭に置いておくことが大切です。
サンクコスト効果を自覚する
1つ目のポイントは、「サンクコスト効果というものがある」ということを自覚することです。サンクコスト効果の影響を強く受けるケースはいずれも、サンクコストの存在に無自覚になってしまい、「自分は合理的な判断をしている」という勘違いに起因します。
サンクコスト効果に自覚的になることで、「せっかく頑張ってきたから最後までやりきろう」などの、一見するとポジティブな意思決定も批判的に捉え、冷静に物事を判断できるようになります。
サンクコスト効果が働いていることに客観的になることができれば、「この判断が過去の労力や出資にとらわれていることはないか?」「合理的に判断できているか?」という問いを自分にぶつけられるため、長期的に見れば正しい判断を下しやすくなります。
ゼロベースで物事を考える
2つ目のポイントは、何事もゼロベースで意思決定を下すということです。サンクコストというのは現在や未来に存在するコストではなく、いずれも過去に発生したコストです。過去の労力や投資に足をすくわれてしまい、適切な判断ができなくなってしまうのがサンクコスト効果であるため、過去の事情を一旦忘れて考えることで、合理的な判断を下せるようになります。
過ぎ去ったコストについてあれこれ考えても、現在や未来でそのコストを取り返せるわけではありません。大切なのは、これから発生するコストをどうやって小さくするか、あるいは黒字になるよう仕向けていくかです。過去のコストを計上して物事を判断する必要はありません。常に未来の利益を見据えたアクションを起こすよう、意識することが重要です。
第三者に意見を求める
3つ目のポイントは、第三者に特定の問題について意見を求め、参考にするというものです。どれだけ客観的であろうとしても、一人で物事を考えているとその意思決定はどうしても独りよがりなものに陥ってしまいます。
ビジネスの現場では、同僚や上司、あるいは相談役に意見を求め、客観的に見てどのような判断をすべきなのかを聞いてみることで、自分が見えていなかった事実にも目を向けることができるようになるでしょう。
サンクコストに惑わされない判断力を養おう
本記事では、サンクコストの概要やサンクコスト効果がもたらす影響についてご紹介しました。
サンクコスト効果をマーケティングに応用することで、集客力の向上やサービスへのユーザー定着率の改善など、さまざまなメリットが期待できますが、一方で自分がサンクコスト効果の影響下に陥る可能性もあることも忘れてはいけません。
特に重要な意思決定が求められる局面ほど、サンクコスト効果は当事者にとって強く働きかけることがあります。過去にかかった労力やお金、時間にとらわれることなく、常にこれから発生する利益や損失を念頭に置いた意思決定を心がけましょう。