形のないものをブランディングする──統一性と価値の表現|三宅美奈子氏×SEデザイン 篠崎社長 対談 #3

更新日:2025-11-11 公開日:2025-11-11 by SEデザイン編集部

目次

interview-ms_03デザイン/クリエイティブ、マーケティング、そしてブランディング。3つの領域は重なり合い、境界があいまいだからこそ、本質が浮かび上がります。本シリーズの最終回では「ブランディング」に焦点を当て、ロゴやデザインの表層を超えた、その奥深さを探っていきます。

デザイナー・アートディレクター・クリエイティブディレクターとして事業会社、国内外の広告代理店・グループ会社、IT・マーケティング事業会社での実績を重ね、現在は独立し、クリエイティブディレクター・アートディレクターとして活動する三宅美奈子氏。そして40年にわたりIT・マーケティング分野でグローバル企業を支えてきたSEデザイン代表取締役の篠崎晃一。ともに武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科の出身です。二人の視点から語られるのは、「見えるもの」と「見えないもの」が織り成すブランディングの本質です。

本対談は全3回シリーズでお届けしています。
最終回となる第3回のテーマは「パッケージデザインとブランディング」。 物理パッケージに象徴される“可視化”からデジタル体験やUI/UXへと広がる現在地まで、見えない価値をどう伝え、市場へ浸透させていくのかを考えていきます。

“変えない”ことで守られたブランド価値

――これまでの対談では、デザインやアートといった領域の「曖昧さ」について議論してきました。では「ブランディング」において、その曖昧さはどのように扱われるのか、考えていきたいと思います。お二人はこれまで、たとえば形のない製品や見えない価値をどのようにブランディングしてきたのでしょうか。

篠崎:
強く印象に残っているのは、1986年にMicrosoftが日本法人を立ち上げるときのことです。その際に行われたパッケージデザインのコンペに、私も参加しました。お題は「日本で発売するための新しいソフトウエア・シリーズのパッケージをプレゼンしてください」というものでした。

各社が日本市場を意識した独自デザインを提案するなか、私はグローバルで展開されていたものとそっくりのデザインを提案したんです。

――それはなぜですか?

篠崎:
私は以前CI(コーポレート・アイデンティフィケーション)の会社に所属していて、「ブランドは一貫性によって力を持つ」という考えを理解していました。当時の日本ではCIという考え方がまだ一般的ではありませんでしたが、私は「グローバルと同じでなければいけない」と確信していました。だからこそ“変えない”デザインを提案したんです。

結果的にその案が採用され、日本市場でも世界共通のパッケージが使われることになりました。

三宅美奈子氏(以下、三宅氏):
なるほど。まさにアダプテーションですね。単なる翻訳やローカライズではなく、ブランドの根幹にあるものを発信する地域に向けて、カスタマイズし適応させるという。

篠崎:
ええ。パッケージは単なる箱ではなく、ブランドの世界観を体現するものです。現地対応で見た目を変えるよりも、「変えない」勇気が必要なんです。世界共通のアイデンティティを貫くことが、長期的にブランドを成長させる。Microsoftのコンペは、ブランディングの本質的な意味を学んだ象徴的な出来事でした。

形のない製品をどう売るのか?

――ここまでお話を伺って、パッケージデザインがブランドの統一性を守る大切な役割を果たしてきたことが分かりました。そもそもソフトウェアという商品は“目に見えない”ものですよね。その販売において、パッケージはどんな意味を持っていたのでしょうか。

篠崎:
ソフトウェアは、実体がないからこそパッケージがとても重要だったんです。商品そのものを手に取ることはできないので、売り場でのパッケージが商品の顔になり、ブランドの価値を代弁しました。

三宅氏:
中身が見えないからこそ、外側のデザインが大きな役割を担うんですよね。

篠崎:
これとよく似ているなと思うのが、1950年代のアメリカで粉石鹸が売られ始めたときの状況です。洗濯機が普及して市場が拡大しましたが、粉石鹸自体の見た目はどのブランドもほとんど同じで、白い。だからこそ、パッケージとTV広告が差別化の決め手になったんです。

――三宅さんは、ご自身でスパイスブランドを立ち上げて七味唐辛子を販売していらっしゃいます。七味唐辛子も、一見どれも同じように見えて、違いが分かりにくい商品ですよね。

三宅氏:
そうですね。七味唐辛子そのものは見た目で差がつきにくいからこそ、ブレンドによるフレーバーはもちろん、ネーミングやパッケージ、ブランドの世界観などが大きな意味を持ちます。商品そのものはもちろん大事ですが、「どんな世界観で届けたいか」を含めて表現し続けることが大事だと考えています。

私自身、大好きな辛いもの・スパイスを食べて英気を養って、社会人生活を乗り越えてきました。戦争や自然災害など不安なことも多い時代だからこそ、皆様にも、スパイスで元気づけられたり、明るい前向きな気持ちになったりする体験を届けたいと思いました。

このような思いを込めて、「7me(シチミー)」というポップなネーミングや、明るく楽しい世界観づくりにもこだわりました。おかげさまで多数のメディアにも取り上げていただいています。

7me2出典:7me

さらに、発売に向けては、食品としての信頼を目指し、食品衛生責任者の資格を取得したり、その他できる限りの準備をしました。商品のブランドを作る、ということは、デザイン/クリエイティブだけではなく、目に見えない部分も含めて重要であると考えています。

篠崎:
七味唐辛子もソフトウェアや粉石鹸と同じで、赤い中身だけでは違いが分かりにくいからこそ、パッケージが「このブランドは何を大事にしているのか」を伝える手段になっているんですよね。

パッケージからUI/UXへ──ブランドの入り口の変化

――これまでのお話から、かつてはパッケージが「見えないものを形にして伝える」大きな役割を担っていたことが分かりました。ただ、技術の進化や商品形態の変化によって、その意味合いも大きく変わってきているように思います。

三宅氏:
以前はコンピューターのソフトにしてもCDにしても、パッケージがブランド体験の入口でした。でも今はUI/UXやアプリのアイコンなど、デジタル上のデザインがその役割を担うようになっていますよね。

篠崎:
しかも今は「ブランドに直接触れられる場」が少なくなっている。洗剤ならパッケージの質感でブランドを感じられましたが、デジタルサービスではそうはいかない。その代わりに、使い心地や体験そのものがブランドの価値を左右するようになりました。

Microsoftもパッケージソフトからクラウドサービスへ移行する中で、UIやサービス体験全体がブランドを伝える手段になっていきました。Googleにしても「検索させる」という行為そのものがブランドになっています。

三宅氏:
ブランドの本質は「一貫した体験をどう提供するか」ですよね。見た目以上に、ブランド体験として共感してもらえるかが、ますますブランドの核心になっているように思います。深層心理の目に見えないことが重要視されているように感じています。

まとめ

Microsoftの日本法人立ち上げ時のコンペで、多くの企業が「日本市場向けの新しいデザイン」を提案するなかで、篠崎はグローバルと同じデザインを提案し、これが採用されました。当時の日本ではまだ浸透していなかったCI(コーポレート・アイデンティフィケーション)の考え方を理解していたからこそ、「世界中で同じ製品として認識されることこそがブランドの力になる」と確信していたのです。

この経験は、ブランディングにおいて「統一性」がいかに重要かを示しています。パッケージは単なる箱ではなく、ブランドの世界観を体現するメディアであり、一貫性を持たせることがブランドの信頼を高めます。

さらに今日では、ソフトウェアやクラウドサービスといった“形のない商品”が主流になり、ブランドの価値を伝える手段はパッケージからUI/UXやデジタル体験へと移りました。触れられるものが少なくなった時代だからこそ、「どのような体験を提供するか」がブランドを形づくる中核となっています。

結局のところ、ブランディングの本質は「統一性」と「価値の表現」にあります。見た目や形式は変わっても、ブランドが大切にする価値を一貫して伝え続けること。それこそが、時代を超えてブランドを強くする原則だといえるでしょう。

今回の第3回では、パッケージデザインを切り口にブランディングの本質を探りました。第1回ではデザイン/クリエイティブ・マーケティング・ブランディングの曖昧な境界線を、第2回ではアートとテクネの歴史的な関係を取り上げてきました。

シリーズを通して浮かび上がったのは、「曖昧さの中にこそ本質がある」ということ。デザインもアートもブランディングも、明確に分けられない領域だからこそ、その重なり合いの中に価値が宿るのです。

3回にわたる対談を通じて、読者のみなさんが「デザイン観」「クリエイティブ観」「マーケティング観」「ブランディング観」を考えるきっかけになれば幸いです。

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miyakeminako_
クリエイティブディレクター・アートディレクター
三宅美奈子
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科を卒業後、TOTO株式会社、電通グループ、グレイワールドワイド、ピュブリシス、博報堂DYホールディングス、など事業会社、国内外の広告代理店・グループ会社、IT・マーケティング事業会社にてデザイナー、アートディレクター、クリエイティブディレクターを務め、広告・ブランディング領域で、ロゴやパッケージ、グラフィック、映像、Webなど幅広くクリエイティブを手掛けてきた。直近10年はIT・マーケティング企業でのクリエイティブディレクター・アートディレクターを務め、現在は独立し、クリエイティブ領域、マーケティング領域を横断したブランディングを中心とした活動を行っている。
https://miyakeminako.com/
https://7me.site/
SEデザイン代表 篠崎晃一
株式会社SEデザイン 代表取締役
篠崎晃一
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科を卒業後、コーポレートコミュニケーションのデザインに携わる。1986年、マイクロソフト日本法人立ち上げの際の統一パッケージをデザイン。その後、組織を翔泳社デザイン研究所に集約し、外資系IT関連企業のマーケティングコミュニケーションを支援する事業を展開。現在、株式会社SEデザイン代表取締役。1990〜2022年、武蔵野美術大学の非常勤講師として、基礎デザイン学科の[Text Information]、デザイン情報学科の[Branding Design]などのデザイン演習を担当。